こんにちは。
高機能自閉症の子供を育てているぴょんです。
今回は、体験談です。
このブログは情報発信と勉強のアウトプットを主にしています。
最近、私は困っていることがあります。
子供の問題ではありません。
自分の問題です。
「息子がゲームでかんしゃくを起こして暴れる」
「暴言を吐いて私に八つ当たりする」(蹴られた)
「ゲームをやめられないので生活に支障が出ている」
このような悩みを抱えています。👆
しかし、子供に問題はなく私がうまく対応できていないという問題に自分ごととして悩んでいます。
いい加減、対策を練らないとまずいレベルになったので真面目に自分を助けていこうと思います。
あまり、日記風のブログは書かないのですが、最近これだけは困っていてなんとかしないとと思うことがあるので記録として書きます。
自分の主観中心の話なので、「ゲームをやめさせたい・支援方法が知りたい」という方には参考になりません。
自閉症の育児にむきあう自分の姿勢を変えるための要素が強めのものだからです。
それでもご興味のある方は先を読み進めてくださいませ。
親ではなく子供のパニックやかんしゃくの支援はこちらの記事をどうぞ。
変えられるのは自分のとらえ方と行動だけ
怒りは「自分の中から湧き出ている自分の問題」である
子供がゲームでイライラしたときにとれる手段は実際のところあまりありません。
自分ごとに置き換えたらわかるのですけれど、うまくいかなくて癇癪を起こすというの多かれ少なかれ誰でもあることです。
アンガーマネジメントなどもあるのでしょうけれど、私もできないと公共の場面で泣いてしまうタイプなのでイライラをどうにかしろと言われてもそれは無理です。
感情というのは自然に備わっているものであるので、相手の感情も自分の感情も否定してはいけません。
悲しいものは悲しいし、イライラするものはイライラするのです。
私の場合は「不安と焦り」で泣いてしまうのですが、イライラして怒るのも脳内で起きていることは同じ反応です。
ノルアドレナリンが出て「交感神経がたかぶっている」わけです。
怒りは脳としては「自分には対処できない!!(対処不能)」という脳の悲鳴のSOSなのですが、裏を返せばつまり「自分の怒りは自分がコントロールできると思うところ」からスタートなのです。
これを子供が私を怒らせるといって環境や周りのせいにしていると、私の「対処不能」は永遠に対処不能(怒り)のままになります。
そして、怒りというのは自分にとって大事なことであるほど大きいエネルギーになるのですが、これは裏を返せばチャンスということでもあります。
怒りを感じる対応できない問題を自分ごととしてとらえて(未来において)対応できるようになるということは、自己成長の機会でもあるからです。
なぜ人が怒りを感じてしまうのか?ということについてほかの要因も述べていると長くなるのでまた別の時に書きます。
私はパニック障害でパニック発作を克服したとき、感情の原則として知った事実があります。
「恐怖」を否定してはいけないけれど、自分が作り出していることだと理解することです。
怒りも同じで「自分の問題として受け止めなければ永遠にあなたの感情は変えることができない」のです。
たとえ、理不尽にすれ違いざまに殴られたとしてもです。
つまり「恐怖も怒りも自分が生み出している自分の問題だと認識して自分の感情に向き合うことが必要です。
感情はあるがままに感じていることなので自他ともに否定しない
前述したように、感情は人間が持つシステムなので否定しては絶対にいけません。
怒りを感じてはいけない(感じるべきではない)不安を感じてはいけない(感じるべきではない)と否定することで、さらに悪化してしまいます。
これが強くなると認知行動療法でいうところの不適応なスキーマになってしまいます。
感情の不適応な信念ができてしまうと、精神疾患になりやすくなります。
じゃあ、怒ったり泣きわめいたりは
自他ともに自然なことなのでどうしようもないってこと?
そうではありません。
怒りは否定してはいけないけれど「自分の問題」としてとらえることで「自分でも対処できている(対処可能である)」ということが逆説的に働いて、怒りの数値がぐぐっと下がるのです。
今回はそれを目的として私の対応を考えます。
最悪なのは、「相手が私を怒らせる」という他者に責任を帰属させて、相手が私を怒らせているのだという発想です。
これはモラハラにも多いです。
「あいつがいうことをきかないから俺を怒らせる」(オレは被害者なんだ!!)という感覚です。
モラハラといいますが、要するに支配的な被害妄想なので「私の思い通りのいい子にさえしていれば私は怒らないのに!!」という親は多い気がします。
私も、なってしまうことありますし。
自分は無関係だ、自分だけは大丈夫だと思うのではなくて、自分もなってしまう可能性があると思っていたほうがバイアスなどの影響の最低限にすることができますよ。
〇〇しそうになったら△△をすると事前に決めて実行する
災害時やパニック発作や誘惑など習慣化してないときのとっさの判断に使える
ゲームで怒ってしまう自分を
どうにかしたい。
結論からいうと、親の自分の対応は怒りという「どうしたらいいの?!対処できない!」となってからでは遅いです。
怒っているときの自分の脳を過信してはいけないのです。
判断力も落ちているので冷静な対処などできるはずもないのです。
事前に決めて書いておいてそれを見ながら意識しないと「できないレベル(つまり習慣化されてない)」なのです。
(今回のことは全部自分のことを書いています。皆さんができないと言っているのではありません)
自閉症の育児でイライラしたり、泣いたりしているときに自分が正しい判断ができるわけがありません。
意志力でどうこうできることではないので、事前に決めておくことはとても大事です。
これは、感情にのまれてしまいそうなときに使える習慣化のテクニックです。
私はパニック発作を克服する過程でも、使ってきました。
「もし発作が起きそうになったら〇〇をする」と決めておくだけです。
子どものかんしゃくにイライラしそうになったら
〇〇しよう!!
頭で思っていても無理です。
人は習慣化されていなければ「頭で理解していても無理」なのです。
私はこのメモを手帳に書きましたので、何度も見て常に意識づけをしていくつもりです。
【余談】パニック発作も事前の対応も事前に決める
この「頭で理解しているだけじゃ対応するのはむずかしい」というのは、恐怖の反応のときにさんざん思い知りました。
皆さんも自閉症の育児をしていて思い当たることはないでしょうか?
障害って頭でわかっていても
どうしてもイライラしてしまう
そうなのです。
頭でわかっていても、習慣化(無意識)してないことは意識を必要とするのです。
なぜならば、無意識にできている考えかた(習慣化されたこと)じゃないからです。
パニック障害は最たる例です。
「脅威は現実にないとわかっている」のに、私の体は血圧が上がり心拍数があがって冷や汗が出るのです。
命の危険がない場所で命の危険を知らせるアラームが誤作動する。
パニック発作はとてもつらいのです。
死の恐怖を感じるわけですよ、別の世界に逝ってしまいそうなのです。
この世の中という自分が存在している世界から違う世界にいってしまいそうで、怖いのです。
その感覚は異世界にひきずりこまれそうなほどの恐怖です。
私は、実態のあるものに「自分はいま・ここにいる」と必死にいうのです。
(つまり紙に自己教示を書くのですけど)
それによってこの世の中に私が生きている証となるのものを必死に探すわけです。
もし、このパニック発作が「あのときと同じだ」というきっかけによって起きてしまった場合は、「あのときと違う箇所を急いで探します。」
これは、言葉や頭で思っても効果がありません。
知覚処理を通じてさせなければなりません。
たとえばスーパーの3レジで発作が起きたら「あのときと違う!!今はあのときじゃない!!」と叫んでも、時間の記憶がおかしいので意味がありません。
そのときの感覚がずわーーっと襲ってきますからね。(笑)
ですから目からの入力(一番強いのは光)によって「レジの3番と2番の違いをしっかりと目で見てインプットする」わけです。
セルフレジなんて似ているので全部同じって知覚しますからね。(笑)
自分のことを珍しく書きすぎました。
頭で思っているだけでは、人の行動はあまり変わらないのです。
目で見て意識づけをするというのはとても大きい影響を受けます。
ぼんやりと考えていることなんて、水のように流れて消えていってしまうのです。
パニック発作も言語では統制不可でしたが、目からの知覚処理はそこそこ効いたのです。
変えたい行動は、思っているだけじゃ無理です、紙に書きましょう。
本来は読者に役立つことしか書いてはいけないのですが、たまにはいいですよね。
脳は可塑性があるから今からでも生まれ変われる!
今日から画像のメモ(手帳に書いた)をことあるごとに見て、意識づけをしながら耐えます。対応できることを脳に上書きして電流の流れ方を変えます。
電流の流れ方とは、脳のシナプスの経路をいいます。
怒っていると「怒り経路」というのができてしまいます。
恐怖もそうです。
ある神経回路に電流が流れてそのパターンの反応をするようになってしまうのです。
そして、電流が流れれば流れるほどシナプス間のつながりは強く太くなっていきます。
その回路は使わなければ、弱くなってその回路はやがてなくなっていくのです。
強い電流が流れれば一度で形成されることもあります。
自分ができることで自分を助けるという気持ち
私はパニック発作で離人症まで出て強迫性障害になってしまったくらい重度のパニック障害でしたが、朦朧とする意識の毎日で、消えなかったのは(たぶん)分析力だけでした。
「古い間違ってできた恐怖の回路はいつか使わなければ消えていく」と脳の中に電流の回路をイメージすると同時に「新しい回路で上書きできる」とずっと希望を持ち続けていました。
昔、読んだ脳のリハビリの奇跡の本に書いてあったからです。
1つの言葉や概念でもそれを知ることで、希望や支えになることがあります。
正しい回路を作り直すんだ
辛かった体験をしたことは私の人生の糧になっているのです。
今の私を支えているのは、自分の力で絶望を乗り越えてきたという自信なのです。
何がいいたいかといいますと、自閉症の育児も大変です。
しかし、その時はつらくてもきっと未来において自分の力で乗り越えたから今の自分があるんだと糧になると思うのです。
人生の辛い経験にはすべて意味のあるものだと思うためには必要な考え方だと思います。
まとめ
とりあえず、はじめてブログで自分のことを書きました。
渦中のことも書いてみようかなと思います。
自閉症の療育失敗の日々ブログなんかにしたほうが皆さんの役に立てるかもしれません。
うまくいく方法よりも、確実にこれをしたら悪化する失敗するという方法は経験者にしかわかりません。
参考になるかわかりませんが、この記事を最後まで読んでくださりありがとうございます。
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